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平井正也(マーガレットズロース)インタビュー
2014.12.16 writer:tone

ひとつのものをつくる上で、自分がどこの役割をしてるのか?細分化されすぎて分業されすぎて、わかんない仕事ばっかり都会の人たちはしている風にざっくりと思うんですけど。1から完成まで自分で全部出来ますよ、ひとりでね。その喜びってすごいです。それが1個じゃなくて、いくつもできるんです。こういうことをやりたかったなっていうのをきっかけから完成までつくれる。
どうでもよくなってからが、ライブなんだ。
大事に大事に演奏しても、ぜんぜん満足できない
大事すぎてもうバンドなんてどうなったっていい。
そう思えるようになってこの頃
マーガレットズロースはようやくロックバンドになった気がする。
ボーカルの平井正也さんがそう語るマーガレットズロースが17周年をむかえる。
「17周年ワンマン」と銘打たれたワンマンライブを京都、大坂、東京の3都市で開催。
そんな「17周年ワンマン」の東京開催前夜の平井さんに、3月に熊本で行なわれた「はるかぜ2013」を中心に話を聞いた。
2013/9/15 下北沢「モナレコード」(文責・取材/利根川)

――お久しぶりです。今日はよろしくお願いします。
平井:よろしくお願いします。こないだは古宮大志くんとのインタビューは盛り上がったんですか?(笑)――はい(笑)おかげさまで。今、大志さんから「平井さんに『俺、がんばりまーす』って伝えてください!」ってちょうどメールがきました(笑)「僕のレテパシーズ」と「コークスが燃えている!」は11月に同時アルバムリリースされるようです。
平井:あいつはなんでもまとめたがるなあ(笑)
――大志さんはお酒が進むほどに饒舌になり、平井さんの話も交え、ふたりで高円寺で泥酔しました(笑)
平井:想像できます(笑)

――熊本は南関町での平井さん主催のフェス「はるかぜ」が終わって半年経ちました。僕も今回参加させていただき、あらためてすごいイベントだったなと実感しています。遠藤賢司さんや中川五郎さんもコメントで仰っていましたが、60年代の中津川フォークジャンボリーやフォークキャンプコンサート、春一番のような新しい時代の幕開けといっても過言じゃないくらい歴史的なフェスティバルだったと思います。はるかぜの実行委員は何人ぐらいいらっしゃったんですか?
平井:音響のプロじゃないしイベントも経験したことないし、ただ「はるかぜ」を手伝いたいって来てくれた人は30人弱だったかな。それとは別にプロの音響チーム、製作チームもやっぱり30人くらいいましたね
――合計で60人弱のスタッフがいらっしゃったんですね。あれだけのフェスを作りあげるのにはそれだけの人間が動いていたんですね。
平井:全体で250万かかりましたからね(苦笑)。それでも相当安いですよ。
――僕は例えば「真昼の月・夜の太陽」で一夜イベントを企画するのにかかる金額くらいしか分からない、それでも毎回赤字なのに。規模が全く違うから想像がつきません。
平井:ツアーミュージシャンを呼んで、交通費だけでも100万くらいになっちゃいますもんね。でもそれも出演者の人たちからも「来年も是非やって欲しいから交通費だけでいいです」って言ってくれたりして。まあざっくりと黒字にはならないことが終わって分かったんで。僕としては福島の子供たちの野外キャンプ(「0円キャンプ」)に「はるかぜ」の黒字分を充てたいっていう願いもあったから、「最終的にそこまでいかなそうです」って話を出演者に話したらみんな「じゃあ僕の分は子供たちに回してください。交通費だけでいいですから」と出演者が言ってくれて、結局チケットの売り上げの中でどうやりくりするか?みたいにがんばって結果250万だったんです。こんなイベントになるとは思ってなかったから。まっとうなイベントの作り方に準えて、協力者たちがみんなプロのイベントを作ってきた人たちばっかりだったから。熊本で「レインボー」っていう大きいフェスが去年あったんですけど、それにも関わったりした本当にプロの製作集団。たまたま偶然にもそういう人たちとの出会いがあって、なんとかその型に当てはめようって、っていうか、「こうやったほうがいいですよ」っていうアドバイスや要求に応えようとして、初めて知ることにも挑戦してああいう形になったんです。本当、僕は呼びたいバンド呼んで、言いたいことを言って、歌ったっていうだけでイベントは集まってくれた人の力で出来たんです。
――そろそろ来年の構想も考え始めていらっしゃるんじゃないですか?
平井:そうですね。ただ来年「はるかぜ」をやるにあたってまず今年のことを整理しないといけないんですけど、クリアしなければいけないいろんな課題や問題がありすぎてまだ白紙の状態なんです。あの規模を持続したり、さらにもっと大きくすることを考えたりもしたんですけど、僕は自分の身の丈にあったイベントを1から作り直そうかな?とも思っています。会場の規模が大きすぎるんで、自分たちで手配出来るような機材だったり、スタッフだけじゃ手に負えない。去年のスタッフで出来るのならもっと準備期間を長くして、今年の経験を踏まえればもっとすごいことができるだろうし、それを続けていったらすごいフェスになるだろうって思っていたんです。イベント1年目にしてすごい幸運な巡り会わせがあって、奇跡的にあの空間が生まれたけど、同じ布陣では出来ないかもしれない。 お客さんや子供たちの期待、出演者の期待に応えたい気持ちがあるから、どうにかやりたいんですけど、南関町で暮らしていく上でいろんな意味で難しいというか「NANKAN ROCK FESTIVAL」っていう形では、もしかしたらやれないかもしれないですね。
――そうなんですね。「はるかぜ」と「NANKAN ROCK FESTIVAL」じゃあ微妙にニュアンスが違いますもんね。
平井:そうですね。まあ「NANKAN ROCK FESTIVAL」って言ってもスタッフで南関町の人はすごく少ない。周辺の地域の人が集まってきて、南関でやるっていうだけだったんですけど、本当はただ「はるかぜ2013」だったんですよ。ポスターデザインを考えている時に思いつきで「NANKAN~」って付けていいですか?って言ったら「あ、いいですよ!」っていう感じで。本当にやりながらどんどん出来ていくっていう感じだったので。
――企画ってやってるうちに広がっていきますもんね。いろんなこと思いつくし。なんにせよ「すばらしかった」っていう大勢の方の感想って、主催する上でのモチベーションになりますよね?
平井:ええ、もちろん。ただ今回いろんなことがあって今後、本当に自分がやりたいことってなんなのかな?って今、考えてるとこなんです。正直まだそこが分からない。でもイベントを企画している段階から、「僕は歌を作って、演奏する人なんですよ」っていう話をスタッフのみんなにもよくしてたんです。イベントをやりたくて、イベント屋さんになりたくて生まれてきたわけじゃないと思ってて。歌をつくって歌うために生きて、生まれてきたんだなあって思ってるから、その中で「出演者の1人でもある」っていう作り方をしたつもりだったんですけどね。
――そこは今回拝見していて、しっかりと伝わりました。1日目の1番最初で平井正也さんソロとして演奏されて、2日目のトリでマーガレットズロースが締めくくる。そしてその間中、司会進行として自らMCをされる。全体を通して平井さんが熊本に来てからの足跡がちゃんと見えたっていうか。その一連の流れは、今平井さんが仰ったことをちゃんと表していたと思います。平井さんはイベンターではなくミュージシャンなんだなって。
平井:僕は人にお世話になるプロっていうか(笑)、なんていうか、本当にいろんな人に世話になっていて。
――それは完全に平井さんの人望と人間力です(笑)。
平井:いや、そんなものはないですけど、ただ愛されてんなあって思ってて。「はるかぜ」は本当に「愛されフェス」ですね。本当にフェスをやるなんて思ってなかったですからね。今まで自分が新潟で生まれて東京の大学でバンドを結成して、熊本に移住してっていう人生の中で、いろんな場面があって、それをフェスっていう方法で証言(証明?)したっていうか。実行委員会の人たちから「良くも悪くも、これは平井正也のイベントだったと思います」って言われて、僕は実行委員会のチーム力、結束力を上げたいと思って、何回もミーティングを開いたりしたり話し合ったりしたんですけど、やっぱりイベントにかける熱量も個人個人によって違うし、かけられる時間も違うし、音楽関係の仕事をしている人たちじゃないから。なんか思い描いていたようなイベント製作チームとは少し違ったんですよね。
――チームとしてはやりやすかったですか?
平井:余裕がなかったですね。もっとあれこれ話し合って作れたらまた違ったかもしれないけど、僕が出演者も全部決めてどこでやるって決めてタイムテーブルも組んで、そんで必要なところにスタッフを配置して、そうなっちゃったのはしょうがなかったんですけど。なんかフェスの作り方ってものが、そもそもよくわかってなかったんです。まあいろんなつくり方があると思うけど、大きく分ければ運営と製作で大きく分かれていて、ステージの上で起こることは全部任せろ、っていうのは製作じゃないですか?お客さんがいようがいまいがステージ上を完璧に進行させる。運営はその会場全体を見る。お客さんがスムーズに会場までたどり着いたりトイレに行けたり、怪我をしないで帰れたり、もう集客宣伝も運営になってきますね。人を集めて楽しんで帰ってもらうっていう。その二つが大きくチームで分かれて、その運営の方は南関の人たちで担当して、製作の方は委託っていうわけじゃないけど、幸運な出会いで、通常じゃ頼めないような金額でやってもらったわけですけど、そのトップに自分がいて。まあでも製作寄りのトップなんですね。
原発反対の人だけ集まって「原発反対!!」って声高に叫ぼうってことをやってもね、その反対側にいる人に届かないから。
――平井さんは関東でマーガレットズロースとして活動されてた頃からも自らイベントを何度も主催されてますが、熊本に移住され今回「はるかぜ」を主催して得られた喜びは当時の喜びと同じものですか?
平井:全く違うものではないですよね。やっぱりバンドが好きなのと似ているのだと思うんですけど。なんか全然違う人が集まって想像も出来ないことが起こったり、もう自分がやろうとしているイメージを超えて、何か化学反応じゃないけど、まったく想像を超えたものがそのステージで起こった時、またそれをお客さんと共有した時に、本当に生きている感じというのかな。実感しますね。でも東京でマーガレットズロースが主催していた「薮こぎ」だったり「世界は変わる」だったり、もう平たく言ったら、マーガレットズロースというバンドを大きくしていく試みというか、ずっとバンドにフォーカスしていたんですね。「どうやって売れようか?」って。その上でお客さんを楽しませられるのが、もちろんいいから間違ってないとは思うけど。だから今まで他の野外フェスに出演する時も初めてマーガレットズロースを観る人にどんだけ届けられるか?っていう考えだったんですけどね。でも自分が今回企画した「はるかぜ」は別にマーガレットズロースを有名にしようとかは全然なかったです。きっとそこが違いますね。もう誰かが作ったフェスにどうすれば呼んでもらえるか?じゃなくて、自分でフェスをつくる、歌いたい環境を自分でつくるっていう。そういう年齢になったっていうんじゃないとは思うんですけど、そういうことができるようになったんだと思います。
――今回あらてめてマーガレットズロースの経歴を見直したら「薮こぎ」は全部で25回、「世界は変わる」も9回も行われていて、出演者も錚々たる顔ぶれでしたが、「はるかぜ」は一連の集大成とも違いますよね?これからの平井さんの新しい導入のような感じもして。
平井:そうですね。マーガレットズロース主催の「藪こぎ」とかはやっぱり似たもの同士が集まっていたと思うんですよ。出演者もそうだし、お客さんもそうだし。何か同じ言葉に引っかかったり、同じメロディにグッとくる人たちが、クラスの中でいつも一人ぼっちだったような人が集まっていたんだと思うんです。でも「はるかぜ」はクラス40人の中のひとりぼっちと、また正反対のひとりぼっちを、もうゴチャゴチャに集めたかったんです。
――「バラバラでひとつ」みたいな?
平井:たとえば、震災避難ということひとつをとっても実際原発事故の後に移住してきた人もいれば、被災地に毎月にようにライブをしにいくミュージシャンもいるし、今回実際タイミングが合わなくて来れなかったけど、アナログフィッシュっていうバンドの「抱きしめて」っていう歌があって、あれなんかは僕のスタンスとは違うけど、是非「はるかぜ」で歌ってもらたいなと思って、健太郎くん(アナログフィッシュvocal)に声をかけてたんですよね。福島でイベントをやった時もそうだったけど、「原発反対」でも「賛成」でもとりあえず福島に行って福島の人たちがどんな顔をしているか?どんなふうに毎日暮らしているか?自分の目で確かめに行こうよっていうことだったんですけど。「はるかぜ」もそのスタンスについては変わってなくて、原発反対の人だけ集まって「原発反対!!」って声高に叫ぼうってことをやってもね、その反対側にいる人に届かないから。「福島」っていうテーマを持ってたとして、それに対してどういうアプローチやスタンスをとっていてもいいから、もしくは更に言ってしまえば、関心なくてもいい、「音楽」っていうキーワードで集まってくれてもいいし、マルシェがあって楽しみで来る人がいてもいいし、とにかくそこで全然考え方の違う人たちが集まって、一緒に楽しめたらいいなって思ったんですね。そういう気持ちが強かったから、マーガレットズロースをその人たちの前にどれだけ届けようと、そこで集客を伸ばそうとかは、正直全然考えなかったですね。でもほんと今まで僕が音楽活動をしてきた中で、出会って本当に素晴らしいと思った人たちに出演してもらえたから、最初と最後は自分が締めないと終わらないかなっていう気持ちだったから、ああいう形になったんですけど。
――なるほどですね。学校の40人のクラスにいろんなやつがいて、それこそ人気者も根暗なやつも、いじめっ子もいじめられっ子もいて、そんな全員が楽しめる文化祭のようなイメージでしょうか?ちなみにアナログフィッシュは今回はタイミング的にはスケジュールが合わなかった感じですか?
平井:そうです。なんか前日と翌日に既にライブが決まってて、「ぜひ、また誘って欲しい」とは言ってくれて。だから来年の出演者のこととかもぼんやり考えてはいます。
――来年開催できるなら、どうしてもやはり同じ会場を夢想してしまいます。
平井:あの会場がもっていた「大らかな空気」が良かったですよね。

――全体的な雰囲気ってすごく感じました。それこそ受付から入場して、ステージまで5分くらい距離があるじゃないですか?途中にマルシェが一杯あって、沿道では路上演奏やパフォーマンスもやっていて。ピーターパンのネバーランドやディズニーランドじゃないけど、なんか現実とは違うワクワクする世界に入っていくみたいな。だけど、メルヘンやファンタジーだけじゃなくって、ちゃんと地に足がついた生活に根ざした空間もちゃんとあって。平井さんが2日目のラストのマーガレットズロースのライブの最後に「ほんとうに夢みたいだ!!」って叫んでいらっしゃいましたが、まさにその通りで。
平井:そういう世界にお客さんを誘(いざな)いたいっていうのは、本当に演出したかったですね。マーガレットズロースのイベントでも「どうやってお客さんをびっくりさせよう」とか、「楽しんでもらおう」とかっていう時に、音楽以外の要素がどれだけあってもいいと思っていて、後半は結構エンターテイメント性が強いイベントとかもやってはいたんですけど、なんていうか、照明ひとつとっても任せっきりだったのが相談してつくっていったり、出囃子を今回はこの曲にしてみようとか、こんな風に入場したらどうかとか?そういうことをもっと、どういう食べ物を出そうか?とかエイサーのプロ集団にお願いしたりとか、DJがどんな感じでとか、そういうのをもっと拡げていった「夢の世界」みたいなね。
――各所に設けられたアートクラフトや、ポスター、チケット、物販、マルシェ、バックステージの賄いご飯に至るまでまさに手作りでしたね。
平井:でも本当に大事なのはあくまで音楽で、まずは音楽イベントとして成功させたいっていう気持ちが一番強かったですけどね。僕は割といろんなことに興味が行きがちな人間なんで(笑)、なんていうか芸人が映画の製作とかに関心が行くのに少し似ているのかもしれません(笑)。総合芸術じゃないけど。フェスって総合エンタテイメントとしての可能性があるじゃないですか?最初からそんなこと思って始めたわけじゃないですけどね。 本当に福島でやったイベントの続きを自分が今住んでいる熊本でやりたいっていうだけだったんです。
――僕は震災後、平井さんの福島のイベントにも今回のイベントにも両方参加させてもらって、平井さんがちゃんとものがたりの続きを見せてくれたっていう感じがします。
平井:一番あの空間や空気をつくったのはね、楽しそうな子供たちだったと思います。気持ちのいい春風が吹いて、草の上で滑ったりしてね。僕はその子達の前で、ずっと歌ってきたんですよね。いろんな場面で。だから子供たちに愛してもらって歌を気に入ってもらってね。二日間とも子供たちと一緒にステージで歌ってね。あんなことが起こるなんて、本当に想像していなかったなあ。

――あの光景は本当にびっくりしました。子供たちが一人づつステージに上がっていくのを見ながら「あれ!もしかしたらこれは演出?!」みたいな(笑)もちろん演出なんかじゃないんだけど。だって平井さんの「はるかぜ」の歌詞も子供たちは全部覚えてるんですよ?歌詞カードを持って歌っている子なんていなかったじゃないですか?みんな覚えてたんですよね。ってことは平井さん、BLOGにも前に書いてたけど、熊本に移住してからいろんな場面でくり返し子供たちに歌って聞かせてたってことですよね?
平井:そうですね。あのステージに上がった子供たちの中にはもちろん福島から来た子供たちもいたけど。まだライブを一度も観たことがないっていう子供たちの前で、去年の夏が最初かな?遊びにきた福島の子供たちとバーベキューをしてミニライブをして、お土産でCDをプレゼントしたりしたから、福島に帰ったあとずっと聴いててくれたんですね。だから覚えてたんだと思います。離れて暮らしていても集まって一緒にまた歌えるってすごいことですよね。
――これは余談ですが、いろんな出演者のステージに子供たちは上がって走り回ったり牧歌的な空気が流れてましたけど、遠藤賢司さんのステージの時だけ、ひとっこひとりステージに上がらなかったのがすごい可笑しくて(笑)。エンケンさんの緊張感のあるステージの空気を子供たちなりに感じ取っていたんだなって。
平井:誰かが止めなくても行っちゃいけない雰囲気は子供って敏感に感じ取るし、逆に大人が「上がっていいよ」ってわざわざ言わないでも、子供が自分から自然に上がりやすいステージのつくりだったんだと思います。なんかちょっと土手が盛り上がったようなステージで。しかも子供が走り回ってコードに引っかかって音が出なくなるような狭いステージじゃないじゃないですか?めちゃくちゃどでかいステージだから。
――運動場のトラックみたいですよね?(笑)
平井:場所が持ってた可能性を生かせたのも嬉しかったですね。
―― 会場が変わったとしても是非、来年以降の「はるかぜ」の継続を期待します。
「ひとりのロックンロール」って圧倒的ではないんですよ。隙だらけなんです。お客さんからの突っ込みどころ満載なんですよ(笑)

――ガラッと話が変わりますが、マーガレットズロースのことについてお聞きします。「daring」を2009年に出されてからもう4年経ちますよね?
平井:そうですね。「マーガレットズロースのことは考えなきゃな」っていうテーマなんですけど、常に考えてるわけじゃなくて。たとえば一人での演奏に行き詰ったり、どうしてもバンドがやりたいっていう気持ちももちろんあるけど、今はひとりでの可能性を追求することが楽しくて。
――それは音楽だけじゃなくて、絵を書かれたり、お店をされたりっていう全部の可能性ですか?
平井:主に音楽についてですね、ひとりでの可能性っていうのは。「ひとりでロックンロールすることの楽しさ」を今すごく感じてて。なんというかバンドで圧倒的なものをお客さんに披露する楽しさとは全然違う質のものなんです。「ひとりのロックンロール」って圧倒的ではないんですよ。隙だらけなんです。お客さんからの突っ込みどころ満載なんですよ(笑)ショボイじゃないけど。「来そうで来ない!」っていう感じがあるんです(笑)。その時のお客さんの盛り上がり様っていったら。その時もうお客さんは「受け手」には留まってないんですよね。バンドで爆音で「ドーン」ってやったらお客さんはデカイ音で満足するかもしれないけど、ひとりでロックンロールをやってたら、お客さんがいないと成立しないんですよね。その楽しさが今すごいあって。
――平井さんの「ロックンロール」にお客さんも入ってくるっていうことですか?参加するっていうか。
平井:そうですね。僕、ひとりだと何をやっても細かい表現が伝わるんですよね。バンドの爆音だとかき消されちゃう表現とかも、ひとりでやってちゃんと聞き取れたり笑えたり身体が反応したりするような表現ができるんですよね。またそれが特にひとりでやるためにアレンジし直したものじゃなくて、バンドでやってる気持ちなんだけど、ただひとりの音しか鳴っていないっていう表現なんですけど、多少はショボくないようにしてるけど、基本的にはバンドでやってることと全く同じことをやってるんですよね。 で、それをステージでやった時に鳴ってるはずの音がお客さんには聞こえてるかもしれないんです。なぜならぼくは聞えてるつもりで演奏してるから。それがお客さんにも伝わってるような気がするんですよ。「ここでベースラインが聞えてるような気がする」とか「ドラムが入ってきたような気がする」みたいな(笑)。それはバンドでは味わえないソロの楽しさではありますね。 でも、いわゆる「ソロミュージシャン」の表現とはやっぱり違って、バンドマンの表現なんでしょうけどね。でも僕は「平井正也」としてちゃんとした録音を残してないし、一般的なソロシンガーとはちょっと立ち位置が違うと思うので。プロフィールとしても「マーガレットズロースのボーカルギター」って形容が最初にやっぱりくるじゃないですか?それをすっきりさせたい気持ちも正直なところあるんですよ(笑)。でも来年「はるかぜ」をやる時、マーガレットズロースっていうバンドがなかったら嫌だなあって思うんですよね(笑)
――そこはやっぱり連動しているわけなんですね?
平井:やっぱりマーガレットズロースでしかできない表現みたいなのがあるし、マーガレッズロースでしか与えられない感動があるから。バンドにどこか依存というのかな?マーガレットズロースとしてちゃんとした録音を残してるから、ソロではライブだけでいいみたいな甘えというか、ちょっと煮え切らない部分もあって、それはちゃんとやろうと思ってます。形として何が残せるのか?
そのくらいやっぱり会っている時にガーッと熱が上がって次のスケジュールが決まると。そんなもんです(笑)

――平井さんは去年ソロアルバム「PON」を作られましたよね?ライブアルバムでもスタジオレコーディングだとしても、僕なんかはそんなに差を感じていなくて、「PON」は平井さんのソロアルバムだなって認識です。ブルーハーツの3枚目の後で、マーシーがソロアルバムを出したみたいな?ただ、同時進行でマーガレットズロースの次のアルバムも期待してしまうのも事実です。きっとそう思っているファンの方は全国各地に一杯いると思います。偶然にも明日マーガレットズロースの17周年というすごい節目だと思うんですけど。
平井:録音は具体的にはね。やっぱりね、ひとりでどんだけ盛り上がってもバンドの録音に至るか至らないか?って、やっぱりライブが終わった後の興奮だったり、スタジオ入って「こんなアルバムつくりたいよね!」ってメンバーとの会話から生まれるから。 こないだ東京でライブした直後に少しだけメンバーとお茶する時間があった時に、次のアルバムのタイトルまで考えたんですよ。何の曲を入れるか?までメンバーと話してたんだけど、やっぱりメンバー一緒にいないとまわっていかないんです。
――モノをつくるのに、メールとか電話とかそういうものではない、と。
平井:そうなんです。僕が強力な牽引力で曲まで用意してスタジオの日取りを決めて、録音の日取りを決めて、マーガレットズロースの新譜を「こういう風なものをつくるよ」ってやるだけのモチベーションや熱意があれば出来なくはないと思うけど、バンドの自然な今の状態で、自然にアルバムができる距離感じゃない。
――不自然にバンドを動かすのもおかしいですもんね。
平井:会ったら絶対作りたくなるんです、やっぱり。だから明日ライブして、明後日インタビューだったら、「次のレコーディングのことをもう考えています」って言っているかもしれないですけど(笑)
――明後日にインタビューをオファーすれば良かったです(笑)ライブの前後でモチベーションって全然違いますもんね。
平井:まあ、なんやかんやでバンドは最高なんでね。しかも中途半端なことやっちゃったり、メンバーが離れて暮らしているなりのライブしか出来なかったりだったら、もう続けられないと思っているんですけど。毎回、最高だなって思うんですよ。離れていてたまに会ってライブしているだけなのに、すごくいい状態だなって思っているんですよ。前のライブと比較できるだけの記憶力がないだけかもしれないですけど(笑)。瞬間、瞬間で「今日のライブ良かったなあ」って思っちゃうんですよ。だから続いている。無理にそれを消しちゃうつもりはないし。今回17周年を自分でやろうと思ったのは、やっぱり各地で「やって欲しい」って声をかけてくれる人たちがいるおかげでマーガレットズロースは生き延びているところがありますね。
――京都と名古屋でも「マーガレットズロース17周年ワンマン」を開催されたんですよね?
平井:そうなんです。京都から名古屋までメンバーと電車で移動している時にたまたま「9月16日って空いてる?」みたいな会話をして今回の東京が決まりました(笑)。
―― 移動中の電車内で決まったんですか?!(笑)
平井そうなんです。そのくらいやっぱり会っている時にガーッと熱が上がって次のスケジュールが決まると。そんなもんです(笑)年内、もうライブはないかもなあって思っているけど、明日ライブが終わったら年末にもう一本ライブが決まってるかもしれない(笑)
――是非「サカナ☆ジュークボックス」で(笑)
平井:呼んでください(笑)
――自分の話になってしまい恐縮なんですけど、今まで何回かマーガレットズロースに出演して頂いて、共演者もズロースのお客さんも喜んでもらえるような組み合わせじゃないと、ドラマって生まれにくいなって考えていて、またそれをどこの会場でやるか?っていうこともあるし。今までは僕の独断と偏見で決めてきたけど、次回はそろそろそうもいかないような気もしていて。究極で言ったらもう一度、銀杏BOYZとマーガレットズロースの共演とかも夢想するし。いよいよ銀杏も動き出しそうじゃないですか?
平井:ミックスの前の録音が終わっただけかもしれないし、発売まではまだ道のりは長いかもしれませんね。発売してツアーをまわってからじゃないと、ちょっと人のイベントには出れないって言ってたしな。「利根川さんのイベントに誘ってもらってて・・」っていう話も江口さん(銀杏BOYZマネージャー)されてましたけどね。
――イベントを立ち上げてからもう5~6回江口さんとはコンタクトをとっていて、その度ごとにちゃんと対応してくれたんですけど、峯田さんも銀杏BOYZとしてアルバムを作ることが最優先で、レコーディングが終了して、アルバムが発売してからじゃないと考えられないって言ってて。
平井:また観たいですねライブを。最初「はるかぜ」のイベントの前に考えてたのは、フェスをやるつもりじゃなくて、あの会場で「ハンバートハンバート」と峯田くんとマーガレットズロースのスリーマンをやりたいなと思ったのが最初だったんです(笑)。
――最初のきっかけはそこだったんですね。
平井:そうなんです。それがハンバートも峯田くんもダメで、じゃあ誰に声かけようかなあって思って頭に浮かんだのが、やっぱり福島のイベントで集まってくれたミュージシャンたちだったんです。それで出来上がってみたらフェスになってたという(笑)だからフェスやろうと思って始めたわけではなかったんです。でもわくわくすることを繋げていったらああいう形になったから。最初に「あのバンドとあのミュージシャンを呼んだらめちゃくちゃ楽しいなあ!!」ってひとりで想像してる時がもしかしたら一番楽しいかもしれないですね(笑)
――来年、再来年、アナログフィッシュや銀杏BOYZも出演する可能性も無きにしも非ずですね。
平井:アナログフィッシュはまだ大丈夫としても、銀杏にはあの会場はちょっと平和的すぎますね。銀杏BOYZを待っているお客さんで埋まっちゃうだろうし、あの会場でやるにはリスクが高いかもしれませんね。峯田くんのソロで「フェスの一組」って感じの出演ならなんとか大丈夫かもしれないけど、銀杏BOYZがっつりってなったら警備員何人も呼ばないといけないし、ちょっと厳しいかもしれませんね。
マーガレットズロースの欠片を持った人たちが日本中にいて、その人たちが集まった時にマーガレットズロースが降臨するじゃないけど(笑)
――そろそろ時間が迫ってきました。最後にお聞きしたいんですが、マーガレットズロースとしてはメンバーが離れてしまって思うように活動が出来ない状態だと思いますが、バンド自体をなくしちゃおうとは平井さんは思われてはいないですよね?
平井:そうですね。17年続いてきたバンドが「解散」するとか、「活動休止」って宣言するにはそれなりの活動をしていないとダメなんですよ。やめ方じゃないけど、エネルギーがいることだから。やってきてうまくいかなかったから「解散!」ってあるかもしれないけど、本気出してやってもいないし、うまくいかないかどうか分からない状態で、解散っていうだけの説得力がないですよね。それだけのエネルギーを今は持ってない。だから今、マーガレットズロースっていう実体のない架空のバンドがあって、その人たちの元気玉が集まったときに実体化するじゃないけど(笑)。マーガレットズロースの欠片を持った人たちが日本中にいて、その人たちが集まった時にマーガレットズロースが降臨するじゃないけど(笑)
――ドラゴンボールを7つ集めると神龍が登場するみたいな?(笑)
平井:そうそう(笑)今ちょっと、やりやすい状態というか、ずるい状態でもあると思うけど、やりたい時にやらせてもらってます。簡単に解散とか活動休止って言って納得してもらえるようなやり方をしてないから。それは完全にないです!!解散とか休止は。
――それをお聞きできて良かったです。安心しました。
平井:僕らは求められるところに行きます。ただ自分で「この日、ここを借りてやるぞ!!」っていうパワーが常に出せないし、それは今日お話したことが全てで。僕がツアーで周ってる箇所をマッピングしていったら、分かると思うんですけど、もう西日本中心になっているんです。中国地方や九州を中心に。その辺のメッセージを汲み取ってもらいたいなっていうのは正直あります。東京はこれから大変だと思います。もう時間が経てば経つほど人の受け取り方っていうか。それなりにみんな安定した生活をしていると思うからその場所、場所での安定があって、九州で例えば東京オリンピックをやるっていったら、「誰がくるの?」って言う人が多いです。でもそれは僕の周りはそういう人が多いけど、それはやっぱり少数派だと思います。「わー!東京でオリンピックだ!!」って大喜びしてる人がほとんどかもしれない。
――僕は東京からの去り方についてはずっと考えています。例えば今、練馬区に妻とふたりで住んでいて新宿の出版社に勤めていますが、今後どういうふうに東京を去ろうかなあとは考えていますね。別に九州じゃなくても、信州でも中四国でも自分が移住して何が出来るのかな?っていうのは常に考えますね。
平井:東京じゃ出来なかったことができる地方がいっぱいありますよ、きっと。東京で「はるかぜ」のようなフェスなんかできないですよ。逆に何するにしてもハードルが低いですから地方は。進めていったら別のところで高いハードルが立っているかもしれないけど。最初の一歩はすごく踏み出しやすいと思う。例えばフェスで言ったら会場費がかからなかったとか。お店やるにしてもほとんど何も買わずにつくったし。家賃もほとんどないし(笑)畑やろうって言ったっていくらでも土地があるし。自分の好きなことだけして暮らしたいっていう気持ちがあるんだったら、絶対田舎の方がいいです。自分が出来ること、自分が作り出すことで小さくてもいいから暮らしたいっていう気持ちがあったら絶対都会は向いてないですね。
――僕は東京は向いてないと日々思いますもん(笑)
平井:だからみんなでどういう仕事をしてるのか?ひとつのものをつくる上で、自分がどこの役割をしてるのか?細分化されすぎて分業されすぎて、わかんない仕事ばっかり都会の人たちはしている風にざっくりと思うんですけど。1から完成まで自分で全部出来ますよ、ひとりでね。その喜びってすごいです。それが1個じゃなくて、いくつもできるんです。こういうことをやりたかったなっていうのをきっかけから完成までつくれる。それってきっとロックンロールだって思うんです。
(終)次の記事
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