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ユーコ(サルパラダイス)インタビュー 2/3

2013.12.23  writer:

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サルパラがなくなることがすごく怖かったのね。何が自分の中で恐怖か?って考えた時に…自分の立ち居地がなくなることとか、サルパラがなくなることとか、そういうのがなくなることが自分の中で一番怖かった。

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――ガジュマルとして弾き語りを始めたのはいつからですか?

ユーコ 30歳になってからだね。もう35だから5年くらいやってるけど。ガジュマルがあることによって自分の中で今すごくバランスがとれてる気がする。

――「サルパラダイス」と「ガジュマル」っていうユーコさんにとってふたつの表現手段のバランスってことですか?

ユーコ 私は自分ではそう思う。一人だと不安なことも多いけどなんか自由でしょ?全部自分の責任だからさ。だから例えばサルパラだとメンバーが気に入ってない曲はやらないし、みんなの了解が必要。暗黙の了解じゃないけど。でもなんかガジュマルは自己責任だから。ガジュマルがあるからサルパラも客観的に見れるとこがあって、サルパラに依存しなくなったかもしれない。例えば一箇所しか自分が表現する場所がないと、依存しちゃうじゃない?そこが自分の居場所みたいに思い込んじゃうんだけど。実際私が20代後半とかの頃、サルパラがなくなることがすごく怖かったのね。何が自分の中で恐怖か?って考えた時に、当時はBogaloo(現・代々木バーバラ)の店長もやってたから、自分の立ち居地がなくなることとか、サルパラがなくなることとか、そういうのがなくなることが自分の中で一番怖かった。

――自分の拠り所や生きがい、具体的に言えば仕事や家族がなくなるってことですよね?

ユーコ そう、それと同じことだと思う。お金がなくなることよりもそれが一番の恐怖だった。でも今、大人になったっていうのもあるけど、バランスが取れることによって、依存をしなくなったというか。はっきり言って真昼(真昼の月・夜の太陽)だってさ、永遠にやれるか分からないし。そう考えると昔に比べて自由になれたかもしれないね。

20121024_sa0003_DSD7640photo by eisuke asaoka

――なるほど。でも逆に言えば、そういう大切なものがなくなってしまいそうな時期があったっていうことですよね?サルパラダイスの存続の危機みたいなのって今までありましたか?

ユーコ サルパラは一回本当に崩れそうになった時があって。それがきっかけでガジュマルを始めたような気もするんだけど。なんとなくそんな時期だったはず。たしか厄年だったし。いろいろ最悪な時期だったなあ(笑)厄年と大殺界が重なってて。31とか32の頃が最悪だったな。

――4年前くらい?僕も北九州で死にそうな時期でした(笑)、今思い出しましたがその時も確かユーコさんと高円寺で飲みながらこんな話をしたような気がします(笑)ガジュマルとサルパラでは世界観も違うし、ユーコさんとしたらやっぱり気持ちの入れ方とかは違いますか?

OLYMPUS DIGITAL CAMERAphoto by howdygoto2

ユーコ サルパラの方が「楽しい楽しい!!」っていうのはあるね。メンバーもいて心強いし、勝手に楽しいおばさんになっちゃうんだけど、ガジュマルは常に一人だから、一人対大人数でしょ?なんか自信がないよね(笑)ガジュマルの方が素に近いかもしれない。本来の自分というか。サルパラは無理してるんじゃなくて、逆にすごい楽しくなっちゃうの。だから汚いMCとかしても、私はああいう言葉って普段は使わないし下ネタも普段は言わないけど、なんか勝手に楽しいおばさんになっちゃうの。あ、おじさんかな(笑)

――サルパラダイスは結成年から僕はライブを観ているけど、一貫して変わらないのはその「楽しさ」ですよね?でもその質が徐々に変わっていったんだと思ってて、一番の節目が自分の中では「tokyo‐sora」(14作目)だった。その後に出たマキシ「虹色ブランケット」に「バイバイボーイ」が入っていたじゃないですか?あの曲をギターの田中さんから「すげえいい歌をユーコが作ったんだよ」って真夜中に彼のアパートで聴かせてもらって。ああいうソウルの感覚って今までのだけのサルパラにはなかったなって思って。

ユーコ 「バイバイボーイ」はガジュマルの弾き語り用で作った曲かもしれないな多分。


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